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【目 次】

 はじめに
 
 第1章 創価学会の沿革
 
  第1節 草創から池田第3代会長就任まで
    牧口常三郎氏の入信/戸田城聖氏の入信/
    牧口・戸田両氏の逮捕と学会の再建/
    池田大作の入信/宗教法人取得と三原則
  
  第2節 池田第3代会長就任から辞任まで
    会長就任挨拶/言論出版妨害事件/正本堂建立/
    池田大作の宗門敵視と宗門支配意識の萌芽/
    共産党との協定/教義逸脱問題/会長および総講頭の辞任/
    「会則」を制定

  第3節 第4代会長就任から破門まで
    恩師の23回忌に思う/第2次創価学会問題/
    創価学会の宗門誹謗/海外信徒への指導についてSGI一任を廃止/
    登山方式を「添書登山」に/創価学会・SGIの破門/
    池田大作の破門
  
  第4節 宗門からの破門以後
    あくなき宗門攻撃と濫訴/教義・化儀の改変/
    公明党の連立内閣への参画/創価学会員の信徒資格の喪失/
    創価学会「会則」「規則」の改変
 
 第2章 教義および目的に関する創価学会の従来の主張
 
  第1節 初代会長 牧口常三郎
  
  第2節 第2代会長 戸田城聖
  
  第3節 第3代会長 池田大作
  
  第4節 6・30『教学上の基本問題について』
  
  第5節 第4代会長 北条 浩
  
  第6節 第5代会長 秋谷栄之助
 
 
 第3章 創価学会「会則」「規則」条文の変更
 
  第1節 本尊に関する語句の削除・すり替えについて
    「弘安2年10月12日」「本門戒壇」の削除/
    「一閻浮提総与」「三大秘法」のすり替え
  
  第2節 教義・信仰について
    「日蓮正宗の教義に基づき」の削除/「御書を根本として」の新加/
    「日蓮正宗の教義を遵守し、三宝を敬い」の削除/
    「創価学会は、日蓮大聖人の仏法を広宣流布することを使命とする
    仏意仏勅の教団」の新加
  
  第3節 3代会長および会長について
    「『三代会長』は、広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、
    この会の永遠の指導者である」について/
    「(会長は)教義および化儀を裁定する」の新加/
    師範会議・最高指導会議について/
    「(会長は)御本尊に関する事項を司る」の新加
 
 第4章 創価学会首脳の弁解に対する破折
 
  第1節 秋谷会長の詭弁を破す
  
  第2節 斉藤教学部長の妄言を破す
    言葉のみの「弘安2年10月12日御本尊御図顕」/
    「大聖人の心に呼応して」との愚論/
    「分身散体」の悪用/「特定の場所」の迷論
 
   結 語 新興宗教「創価学会」の旗揚げ

はじめに

 今般、創価学会は、「創価学会会則」の条文を改変した。
  これを受けて「宗教法人『創価学会』規則」も、第3条の「目的」など、多くの箇所において大幅な改変をし、文部科学大臣の認証を受けて施行されることとなった。
  もとより、本宗から破門された創価学会が、「会則」や「規則」をどのように改変しようとも、本宗僧俗にとって何ら関わりのないことである。
  しかし、創価学会は連立政権に加わる公明党の支持母体であり、国政に大きな影響力を有している。
  それ故に、欺瞞に満ちた目的や教義をもととする創価学会が国家社会に与える悪影響は計り知れない。
  本来、創価学会は日蓮正宗の信徒集団として発足したのであり、さらに今日の巨大教団となった素因が本宗の教義信仰に深く関わっている以上、その基本的条項の改変、特に本宗伝統の教義信仰に離反する部分に対しては、その誤りを明確に指摘しておく必要がある。
  本論では、創価学会の草創より今日に至るまでの軌跡をたどり、さらに今回の「会則」「規則」変更のなか、宗教的意義を有する「目的」および「教義」の妄見と詭弁に対して、本宗の教義信仰の上から破折を加えるものである。

第1章 創価学会の沿革

 第1節 草創から池田第3代会長就任まで

  第1項 牧口常三郎氏の入信

昭和3年、牧口常三郎氏は東京池袋の常在寺の法華講員である三谷素啓氏に折伏され日蓮正宗に入信した。
  教育者であった牧口氏は、「利・善・美」という独自の「価値論」に日蓮大聖人の仏法を取り入れた教育理念を基とした「創価教育学会」を昭和5年に設立して初代会長となり、昭和12年には「創価教育学会」の正式な発会式を行った。

  第2項 戸田城聖氏の入信

戸田城聖氏は教育者であったことから牧口氏と知り合い、昭和3年、牧口氏に続いて日蓮正宗に入信した。それ以後、理事長として事業経営等を通し、牧口氏および創価教育学会を支えた。
  戸田氏は創価教育学会の理念に共鳴する教育者に対して日蓮大聖人の信仰を勧めるのみならず、広く一般の人々に対しても折伏布教を行った。

  第3項 牧口・戸田両氏の逮捕と学会の再建

 昭和16年、太平洋戦争の勃発にともない、軍部は国家神道を基盤とする国体思想の徹底を図った。そのため、昭和18年7月、牧口氏が治安維持法違反・不敬罪の名のもとに逮捕され、続いて戸田氏ら幹部も同様の容疑で逮捕された。昭和19年11月18日に牧口氏は獄死し、昭和20年7月3日、戸田氏は出獄した。
  その後、戸田氏は学会の再建に尽力し、昭和21年1月、「創価教育学会」の名称を「創価学会」と改めた。
  そして、昭和26年5月3日、戸田氏は創価学会の第2代会長に就任し、75万世帯の折伏達成を誓った。

  第4項 池田大作の入信

 終戦直後の混乱期、会員の折伏によって信者が増加するなか、昭和22年8月24日、池田大作は創価学会幹部であった小平芳平氏によって折伏され入信した。
  後に池田は『人間革命』のなかで、戸田会長との最初の出会いの時、あたかも自分が「地涌の菩薩」であるかのような即興詩を吟じ、その後、入信を決意したと述べているが、それは自身を美化するための虚構である。
  池田の入信時の事実は、
「南無妙法蓮華経は嫌いだったので、ずいぶん反対したのですが、理論で破れて信仰しなければいけないということになってしまったのです。負けたのでシャクにさわってしかたがない」(小口偉一編 新心理学講座四 宗教と信仰の心理学 57頁)
「(御本尊をお受けして)家に帰っても三日間おがまずにほっておきました。三日目にものすごい雷が鳴って、私の上ばかりでゴロゴロ鳴って、私ばかり狙っているように思ったので、そのとき思わず南無妙法蓮華経と口をついて出ました」(同 58頁)
と自分で語っているように、『人間革命』で紹介されているようなものではなかった。

  第5項 宗教法人取得と三原則

 昭和26年、創価学会第2代会長・戸田城聖氏は、将来、折伏活動を展開する上で、総本山外護と布教しやすくするためという理由で、創価学会の宗教法人の取得を決意した。
  これを受けて、宗務院の細井庶務部長(後の日達上人)は、学会に対して法人設立の条件として、次の三原則を提示した。
  一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること。
  二、当山の教義を守ること。
  三、三宝を守ること。
  学会は、この三原則と宗門外護の遵守を確約し、昭和27年8月27日、信徒団体という特殊な形態のため、東京都知事の例外的措置をもって宗教法人の認証を受け、同年9月8日に宗教法人の設立登記を完了した。

 第2節 池田第3代会長就任から辞任まで

  第1項 会長就任挨拶

 宗教法人を取得した創価学会が教勢を拡大していくなか、昭和33年4月2日、第2代会長の戸田城聖氏が逝去し、昭和35年5月3日、池田大作が第3代会長に就任した。
  その就任式の席上、池田は、
「わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。したがって、私どもは大御本尊様にお仕え申し上げ、御法主上人猊下に御奉公申し上げることが学会の根本精神であると信じます」(会長講演集初版本 1―1頁)
と、本門戒壇の大御本尊と御法主上人に随順していくことが学会の根本精神であることを言明した。
  その後、学会は強固な組織力をもって布教活動を展開し、昭和39年には約500万世帯に増大する。
  そして、昭和39年4月には総本山大客殿落慶法要を期して、池田は日達上人から法華講総講頭の任命を受け、日蓮正宗信徒の代表者として位置づけられた。

  第2項 創価学会の言論出版妨害事件

 創価学会は、昭和36年11月、外郭団体として「公明政治連盟」を発足させた。これに先立って池田は、
「創価学会は衆議院には出ません。なぜならば、あくまでも宗教団体ですから。政治団体ではありません」(会長講演集 1―86頁)
と述べて、衆議院への進出を否定していたが、昭和39年5月には政党の創設と衆議院進出を発表した。そして同年11月に「公明党」を結成し、昭和42年1月の衆議院選挙では25議席を獲得するに至った。
  そのさなか、昭和44年、学会および公明党による「言論出版妨害事件」が勃発した。 
  この事件は、学会に対する批判本の出版に対して、学会と公明党が組織勢力を挙げて著者および出版社に圧力を加え、言論出版の自由を妨害したものである。
  これに対してマスコミをはじめ有識者の多くが抗議と弾劾の声を上げ、「言論出版妨害事件」は大きな社会問題となった。
  この問題収束のため、池田は翌年5月3日の第33回本部総会において、言論妨害について陳謝し、併せて池田の政界不出馬、学会と公明党の政教分離などを公約した。

  第3項 正本堂建立

 昭和47年10月、池田の発願によって総本山に正本堂が建立された。池田は正本堂着工大法要の折り、正本堂の意義について『三大秘法抄』の戒壇の文を引き、
「この法華本門の戒壇たる正本堂」(大日蓮 昭和43年11月号巻頭)
と発言し、正本堂が広宣流布達成の暁に建立されるべき大聖人御遺命の事の戒壇であることを表明した。
  しかしそれは、日蓮正宗の法義から逸脱したものであり、池田が自分こそ大聖人の御遺命達成者であると見せかけるための詐言であった。
  この池田の強引な戒壇論と、それに対する妙信講の猛烈な抗議のなか、昭和47年4月28日、日達上人は正本堂の定義について『訓諭』を発令し、
「正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり」(日達上人全集 2―1―3頁)
と、正本堂が直ちに御遺命の戒壇でないことを御指南された。
  これに不満を抱いた池田は、昭和49年に頂いた「賞本門事戒壇正本堂建立」と脇書された賞与御本尊の裏書きに、「此の御本尊は、正本堂が正しく御遺命の事の戒壇為ることの証明の本尊なり」と書くよう日達上人に強要した。しかし、日達上人は「此の御本尊は正本堂が正しく三大秘法抄に御遺命の事の戒壇に準じて建立されたことを証明する本尊なり」と認められ、「準」の一字を入れて池田の妄執を斥けられた。

第4項 池田大作の宗門敵視と宗門支配意識の萌芽

 この正本堂建立を契機に、池田は自分の思うようにならない日達上人および宗門に敵意を抱き、あからさまな宗門批判を繰り返した。
  さらに正本堂建立によって宗門護持を終焉させ、新たに「広布第2章」との造語を宣伝して、我見慢心に満ちた「創価仏法」なるものを掲げた。それは「久遠の仏」「永遠の師」「師弟血脈」などの言葉を学会の組織内に徹底し、会員が池田を仏のように崇めるための策謀となって表れた。
  そして、その背後では密かに宗門支配を企て、さもなくば宗門から独立することを計った。

  第5項 共産党との協定

 昭和49年12月28日、創価学会は日本共産党との間に「相互不干渉・双方共存」を主旨とする「創共協定」を結んだ。
  この協定の発表は、他の宗教団体や政党に大きな衝撃を与えた。共産党はこの協定を「共同闘争」と理解して自民党政権に揺さぶりをかけたが、この動きに驚いた学会・公明党は政府筋に対して「共闘ではなく共存だ」と弁解して歩いた。
  学会・公明党は表面で反自民・反権力を掲げながら、その本音は政府・自民党とのつながりを壊したくなかったのである。
  結局、この「協定」は1年後に崩壊する。

  第6項 教義逸脱問題

 昭和49年頃から、創価学会は日蓮正宗の教義信仰を軽視するようになり、池田の絶対化を強化しつつ、宗門への圧力を強めていった。
  それは、学会のあり方や体質に批判的な僧侶に対して、吊し上げなどの僧侶攻撃となって表面化し、さらには日蓮正宗教義からの逸脱・謗法路線となって現れた。これがいわゆる「昭和52年路線」「教義逸脱問題」である。
当時の学会首脳の発言を挙げると、
「儀式だけを行ない、我が身の研鑚もしない、大衆のなかへ入って布教をするわけでもない既成の寺院の姿は、修行者の集まる場所でもなければ、ましてや道場であるわけは絶対にない」(大白蓮華 昭和52年3月号 25頁)
「本山とはいずれ関係を清算せざるを得ないから、学会に火の粉がふりかからない範囲で(中略)長期にわたる本山管理の仕掛けを今やっておいて背後を固める」(昭和49年4月12日付 山崎・八尋文書)
などがある。
  また、学会の教義逸脱の主なものは、
   ・創価仏法の原点は、戸田会長の獄中の悟達
   ・唯授一人の血脈否定、大聖人直結
   ・『人間革命』は現代の御書
   ・池田会長に帰命、池田会長は主師親三徳・久遠の師
   ・寺院は単なる儀式の場、会館は広布の道場
   ・祭りへの参加などの謗法容認
   ・在家(創価学会)への供養の容認
などであった。
  このような、創価学会の本末顛倒の暴論に対して、日達上人は深く心を痛められ、
「日蓮正宗の教義でなし、大聖人の教義でないものが、世界に広がったからといって、決して、我々は喜ぶべきでないし、大聖人が、お喜びになるとは思いません」(大日蓮 昭和49年8月号 20頁)
と厳しく御指南された。
  この日達上人の御指南によって、学会破折の声が強まり、学会の路線に疑問を懐いた10万人以上の会員が脱会した。
  こうした状況のなかで、昭和53年6月19日、宗門は学会に34箇条からなる教学上の諸問題に関する質問書を送った。これを受けて学会は、それまでの路線をすべて撤回し、日蓮正宗本来の信仰に立ち返ることを約束した。そして昭和53年6月30日、学会は『聖教新聞』に「教学上の基本問題について」と題して教義逸脱に関する訂正文を発表した。

   1.御本尊模刻事件

 教義逸脱問題のさなか、昭和53年1月に創価学会が御本尊を模刻していた事実が発覚した。
  これは昭和48年頃より池田が、学会や池田個人に授与された紙幅の御本尊を、日達上人の許可もなく模刻して会員に拝ませた大謗法事件である。
  当時模刻された本尊は、
  ・学会本部安置本尊(昭和26年5月19日、64世日昇上人・大法弘通慈折広宣流布大願成就)
  ・関西本部安置本尊(昭和30年12月13日、64世日昇上人)
  ・ヨーロッパ本部安置本尊(昭和39年12月13日、66世日達上人)
  ・創価文化会館安置本尊(昭和42年6月15日、66世日達上人)
  ・学会本部会長室安置本尊(昭和42年5月1日、66世日達上人)
  ・アメリカ本部安置本尊(昭和43年6月29日、66世日達上人)
  ・賞本門事戒壇正本堂建立本尊(昭和49年1月2日、66世日達上人)
  ・池田大作授与のお守り本尊(昭和26年5月3日、64世日昇上人)
  このうち、・の本尊は池田自らが模刻を指示し、入仏式を行ったもので、これが後に問題となったが、最終的に昭和52年11月7日、日達上人より正式に許可された。しかし他の七体は日達上人から叱責されて昭和53年9月、総本山へ納められた。

   2.お詫び登山

 創価学会の謗法路線は一応訂正されたものの、会員の動揺は一向に収まらず、窮地に陥った池田および学会首脳は、昭和53年11月7日、幹部2千名による「創価学会創立48周年記念登山代表幹部会」(通称、お詫び登山)を総本山大講堂において開催した。
  席上、北条理事長は宗教法人設立時の三原則の遵守を誓い、辻副会長は、
「総本山大石寺こそ、信仰の根本道場である。戒壇の大御本尊を離れて、われわれの信仰はない。不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下のご指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げた」(聖教新聞 昭和53年11月8日付・要旨)
と御本尊模刻事件を認め、さらに会長の池田は、
「総講頭の立場にある身として、この席で、深くおわびいたします」 (同)
と謝罪した。
これに対して日達上人は、
「学会の路線が正しく実現されるということの上で、これまでのさわぎについてはすべて此処に終止符をつけて」(大日蓮 昭和53年12月号 45頁)
と仰せられ、学会がこれまでの数々の教義逸脱問題を反省することを条件に、池田および学会を大慈悲をもって許された。

  第7項 池田大作の会長および総講頭の辞任

 しかし、その後も学会内では、日達上人や宗門を「池田先生をいじめる者」として逆恨みするといった混乱が続き、一方宗門内には創価学会の反省は真実のものではない、とする一部の僧侶が学会攻撃を続けた。そのため池田は、昭和五十四年四月二十四日、すべての責任を取り、創価学会会長ならびに法華講総講頭を辞任した。
  そして、
「この辞任とともに院政というようなことを絶対しない」(日達上人お言葉 昭和54年4月28日 教師代表者会議)
との池田の誓約を受けられた日達上人は、同年5月3日、創価大学における本部総会の席上、学会が日蓮正宗の信徒団体としての基本を、今後、忠実に守ることを条件とした上で、学会問題の収束を宣言されたのである。 

  第8項 法人規則を改め「会則」を制定 

 池田が創価学会会長、法華講総講頭を辞任したその日、第4代会長には北条浩が就任した。
  そして北条会長のもと、学会は総務会において「創価学会会則」を制定した。
  この「会則」について、学会は機関誌『大白蓮華』に、
「(会則は)日蓮正宗の信徒団体としての創価学会の基本性格が、一段と明確にうたわれており『日蓮正宗の教義に基づき、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊を根本とする』と明言している」(大白蓮華 昭和54年6月号 32頁)
と会則の基本精神を改めて確認し、さらに北条会長は、
「私どもの願う広宣流布とは、申すまでもなく、日蓮正宗の正法正義を世界の民衆に知らしめること」(同 46頁)
と、その所期の目的を言明している。

 第3節 第4代会長就任から破門まで

  第1項 池田大作の所感「恩師の23回忌に思う」
  
  昭和54年7月22日、日達上人の御遷化にともない、第67世日顕上人が御登座遊ばされ、日達上人の方針を継承された。しかし、その方針に従わない一部僧侶が自称「正信会」を結成して創価学会を批判する活動を続けた。
  そこで池田は昭和55年4月2日、「恩師の23回忌に思う」と題する所感を発表し、再び一連の学会問題の責任は自分にあることを反省し、
「永遠に代々の御法主上人猊下を仏法の師と仰ぎ奉り」(聖教新聞 昭和55年4月2日付)
と所信を誓った。
  これをもって池田が「根本的な反省」と「仏祖三宝への懺悔」をしたものと認められた日顕上人は、同年4月6日、御代替奉告法要の席上、宗内の僧俗に対し、
「既に改めんと決意し、行いつつある以上、現在において謗法をあげつらう事は大きな誤りであります」(大日蓮 昭和55年5月号 15頁)
と御指南された。
  その後、昭和56年7月18日に第4代会長北条浩が急死し、第5代会長に秋谷栄之助が就任した。

  第2項 第2次創価学会問題
  
  創価学会の逸脱問題が一応の収束を見た五年後の昭和59年1月2日、日顕上人は池田の護法心を容れられ、再び池田を総講頭に任命された。
  しかし、学会は平成2年を期して、再び宗門への不満を募らせ、圧力を加える言動を見せ始めた。池田は各種会合で「権威・権力で民衆を苦しめる者とは戦う」などと、宗門僧侶に対する敵意を露わにした。
  これに対して日顕上人は、池田らに種々の御指南と御注意を与えられ、今後、学会が道を誤らぬよう善導されたが、秋谷ら学会幹部は平成2年7月17日、宗門と学会との連絡会議の場であからさまな宗門批判を行った。
  そのため、同月21日のお目通りの席上、日顕上人は先の連絡会議での学会幹部の不遜な態度について、池田・秋谷の両名に対して御注意をなされたが、池田は日顕上人のお心を素直に受けられず、かえって陰で宗門への反感を強めていった。

   1.本部幹部会でのスピーチ
   
  平成2年11月16日、東京戸田記念講堂で行われた第35回本部幹部会において、池田は野卑な暴言をもって、御法主上人ならびに宗門僧侶に対する誹謗中傷を行った。
「猊下というものは信徒の幸福を考えなきゃあいけない。権力じゃありません」(大日蓮号外 平成3年1月25日付 20頁)
「(猊下の御説法に対して)全然、また難しい教義、聞いたって解んないんだ。誰も解らないんだ。ドイツ語聞いているみたいにね。それで『俺偉いんだ。お前ども、信徒ども、信者、信者』って、そんなのありませんよ」(同)
「50周年、敗北の最中だ。裏切られ、たたかれ、私は会長を辞めさせられ、ね。もう宗門から散々やられ」(同 23頁)
  このような池田のスピーチは、52年教義逸脱問題の反省懺悔を反故にする、無慚極まりないものであった。
  そして、創価学会は平成2年から再び宗門支配と分離独立計画を実行に移すため、宗門攻撃を開始した。

   2.宗門と創価学会の間で交わされた往復文書
   
  これらの謗法行為のなかで特に池田の「11・16のスピーチ」に対して、宗門は池田および学会幹部に「お尋ね」文書を提示したが、学会からの正式な回答はなく、かえって事実無根の内容からなる九項目の「お伺い」を突きつけてきた。
  宗門は、学会がこのような不遜にして挑発的な態度に出たため、学会にはもはや純粋な信徒としての気持ちはないと受け止め、平成2年12月26日、
「文書による誠意ある回答を示される意志が全くないものと受けとめました」(大日蓮号外 平成3年1月25日付 49頁)
と学会に通知した。
  12月27日、宗門は臨時宗会を招集し、従来整備すべき必要があった宗規の一部を改正した。それにともなって、総講頭の池田大作をはじめ、秋谷や森田などの学会幹部、さらに当時の阿部唯七郎法華講連合会委員長や柳沢喜惣次副委員長などの大講頭がその資格を喪失した。
  この直後から、学会は組織を総動員して卑劣な宗門攻撃を始めた。

  第3項 創価学会の宗門誹謗
 
  池田の総講頭資格喪失によって、創価学会は『聖教新聞』『創価新報』をはじめ組織内での口コミなどを用いて、日顕上人をはじめとする宗門僧侶や法華講員に対する誹謗中傷の嫌がらせを開始し、時には学会員が僧侶に暴力を振るうという事件も起きた。
  さらに学会は会内に「本山には暴力団や野犬がいるので危険だ」「登山者の食費が何万円もかかる」などという悪質なうわさを流し、会員をつなぎ止めるための画策に狂奔した。

  第4項 海外信徒への指導についてのSGI一任を廃止
 
  こうした創価学会に対して宗門は、平成3年2月9日、「池田大作氏の反省懺悔を求める」との内容の文書をもって、その謗法行為を破折すると共に日蓮正宗本来の信仰に立ち返るよう訓戒した。
  また宗門僧侶は各布教区ごとに連名をもって池田大作の謗法を誡める『謝罪要求書』『抗議書』を学会に送付した。しかし、学会はまったくこれを聞き入れず、宗門への誹謗を繰り返した。
  このような状態では日蓮正宗本来の正しい教導が阻害されると判断した宗門は、平成3年3月5日、それまでSGI組織(創価学会インタナショナル)に委任してきた海外信徒への指導を宗門が直接行うことを決め、SGIへの一任を廃止した。

  第5項 登山方式を「添書登山」に
  
  また平成3年7月2日、これまで創価学会組織を通じて許可してきた信徒の登山方式を、全国末寺が発行する「添書登山」に切り替えた。
  これは第9世日有上人の『化儀抄』に、
「末寺の坊主の状なからん者、在家・出家共に本寺に於いて許容なきなり」(富士宗学要集1―69頁・聖典984頁)
と示されている日蓮正宗本来の化儀と信仰に基づく方式である。
 
   第6項 創価学会・SGIの破門
  
  52年路線同様の教義逸脱と宗門誹謗を繰り返す創価学会およびSGIに対し、平成3年11月7日、宗門は「解散勧告書」を送って強く反省を促したが、学会・SGIはこれに反発して、ますます日顕上人と宗門僧侶への誹謗中傷を繰り返した。
  そこで宗門は、もはや学会が日蓮正宗の信徒団体としての精神を完全に失ったものと判断し、同月28日、学会およびSGIに「破門通告書」を送り、学会・SGIを破門に付した。
  これによって日蓮正宗と創価学会の約60年にわたる関係に終止符が打たれた。

  第7項 池田大作の破門(信徒除名処分)
 
  この頃、創価学会は独自で観念文を改変した経本や、赤・黄・青の三色珠の入った数珠、また独自の過去帳などを作製し、池田教独立路線を露わにした。
  宗門は、学会の実質的指導者である池田大作に弁疏の機会を与える旨を付記して、信徒除名処分の『通知書』を送った。そして、平成4年8月11日、それに応じない池田に『通告書』を送り、池田を信徒除名処分に付した。

 第4節 宗門からの破門以後
 
   第1項 あくなき宗門攻撃と濫訴
 
  池田大作が総講頭の資格を喪失した後の創価学会は、組織を挙げて宗門誹謗を続け、さらに池田が破門されるや、宗門に対する刑事告発や民事訴訟を全国各地で起こした。その件数は約200件にのぼる(平成14年6月現在)。それは、血脈の尊厳・御法主上人を貶めるためのものや、墓地・納骨業務に難癖をつけたもの、また正本堂建立御供養の返還訴訟など、為にする嫌がらせ訴訟であった。
  しかし、宗門はそれらの訴訟に圧倒的な勝利をおさめ、司法権力をもって宗門を迫害しようと企んだ学会の謀略は完全な失敗に終わっている。

  第2項 教義・化儀の改変
  
  創価学会にとって宗門から独立することは、あらかじめ計画されていた路線であったが、そのためには本尊などに関する新しい教義を作り、それまで遵守してきた日蓮正宗の教義や化儀、さらには歴史を否定する必要があった。
  そこで試案という形式をとりながら採用されたのが、松戸行雄の我見に基づく教義論と小林正博の歪んだ宗門史観であった。
  先ず教義・化儀の改変を企てる池田のスピーチの主なものを挙げる。

   1.本尊論
   
     ・御本尊受持の重要性を軽視
    
「戸田先生は御本尊のない、・地獄・のごとき牢獄で二年間を過ごされた。そして、あの偉大なる境涯を開かれた」(聖教新聞 平成3年12月2日付)
  これは宗門から御本尊下附を停止されたことに対する発言であるが、ねらいは日蓮正宗の御本尊を受持しなくても成仏はできる、というところにある。

    ・自らの胸中を中心とする己義
    
「大事なのは『自分』である。自分の『生命』である。外にある御本尊も、我が・内なる・御本尊を顕すためにこそ大聖人が建立してくださったのである」 (聖教新聞 平成4年1月17日付)
  御本尊はあくまでも、自分たちの胸中の本尊を引き出すための手段・道具であり、大切なのは自分たちの胸中の本尊であるという。

    ・大御本尊は消滅すべき物体との暴論
    
「漫荼羅それ自体は、物体という側面からいえば永遠不滅ではありえない(中略)いずれにしても、大聖人の仏法の真髄である『久遠元初の法』を根本としてこそ、永遠の妙法流布の道が開ける」(聖教新聞 平成5年5月5日付)
  会員から本門戒壇の大御本尊への渇仰心と、総本山への思慕の念を失わせるために、大御本尊は単なる物体であり、いずれ消滅するものであると言って宗祖の御当体たる大御本尊を侮蔑している。

   2.本仏論
   
「御本仏・日蓮大聖人は『人間』そのもの、『凡夫』そのものの御振る舞いであられた」(聖教新聞 平成4年9月10日付)
「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」(聖教新聞 平成6年5月26日付)
  凡夫こそが仏であることを強調して、池田が大聖人に比肩する存在であることを暗示した慢心の妄言である。

   3.血脈論
   
「御本尊、大聖人への『信心』のなかにこそ『如来の秘密神通の力』はある。これが『重重の相伝』による大聖人の教えなのである。ゆえに宗門が、根本の『信心』もなく、それどころか信心の団体創価学会を切りながら、信心のほかに特別の『秘密』を法主が握っているかのように見せかけていることは、実は、『如来秘密』をまったく知らない証拠なのである」(創価のルネサンス 第64巻)
「成仏は自分自身の『信心』で決まるのであって、『聖職者』の介在によって決まるのではない。『直接』こそ仏教本来の在り方である。『日蓮大聖人直結』の創価学会の信仰こそが正義なのである」(聖教新聞 平成6年6月5日付)
  これは日蓮正宗の血脈相承を否定し、学会の信仰にこそ血脈は流れるという仏法破壊の魔説である。

   4.僧俗論
   
「僧侶のために仏法があるのではない。仏法のために僧侶がある。仏法の広宣流布のために、だれよりも不惜身命で働き、殉教の決意で信徒に尽くしてこそ僧侶である。その反対をやっているのが宗門である」(創価のルネサンス 第75巻)
  これは、あたかも宗門僧侶が堕落し、学会こそが正当であるとの悪見を会員に植えつけるための誹謗である。

   5.松戸・小林による新理論
   
  池田の邪説を理論的に支えようとして刊行されたものが、松戸行雄の『人間主義の日蓮本仏論を求めて』と『日蓮思想の革新―凡夫本仏論』、そして小林正博の『法主絶対論の形成とその批判』である。
  創価学会はこれらの書によって、池田教の理論武装を試みたが、松戸の御本尊象徴論・凡夫己心本仏論を主眼とした邪説は一般会員から受け入れられず、しかも日蓮正宗法義研鑚委員会の委員が執筆編集した『創価学会の新理論とその本質』によって完膚なきまでに破折された。
  また宗門の歴史に対してさまざまな非難を加えた小林の稚拙な論も、同委員会の『創価学会の宗門史観を糺す』によって木っ端みじんに粉砕され、創価学会の目論見はむなしく崩れた。

   6.典礼・観念文の改変など
   
  平成3年以降、創価学会は従来行ってきた日蓮正宗伝統の化儀を己義我見によって次々に否定した。ことに葬儀などは友人葬・同志葬と称して在家の学会幹部が導師を執行した。
  さらに、御授戒や塔婆供養などを不要とし、観念文を改変し、数珠や過去帳も独自のものを作って異流義路線を進めていった。

   7.『ニセ本尊』の作製
   
  創価学会は、平成5年9月7日、『ニセ本尊』を作製し、販売することを発表した。
  これについて、会長の秋谷は本部幹部会において、日蓮正宗から離脱した浄円寺所蔵の日寛上人御書写の御本尊を複製印刷して会員に授与する旨の説明をした。
  さらに9月20日には離脱僧らに『創価学会の御本尊授与に関する法門上の見解』なる文書を書かせ、離脱僧の認可によって、あたかも『ニセ本尊』が正当なものであるかのように会員を欺いた。

  第3項 公明党の連立内閣への参画
  
  宗門から破門された創価学会は会員の動揺を抑えるために、公明党を細川内閣に政権入りさせ、・広宣流布への第一歩を踏み出すことができた・と喧伝した。
  平成5年8月8日、細川内閣発足前夜、第69回本部幹部会の席上、池田は大はしゃぎをし、池田が公明党の事実上の支配者であることを露わにした。
  この時の池田の放言テープが外部に流失したことで、マスコミは学会・公明党の政教一致の実体を大々的に報道した。

  第4項 創価学会員の信徒資格の喪失
  
  宗門は創価学会を破門に処した後も、個々の会員を日蓮正宗信徒として認め、慈悲をもって教導に努めてきた。
  しかし、他宗教団に所属することを厳禁する本宗信仰の上から、池田大作に追従する会員をいつまでも信徒としておくことはできないため、宗門は平成9年9月30日、会員の信徒資格を喪失せしめることを正式決定した。
  この決定は新聞広告などをもって広く会員に知らせた上、平成9年12月1日に施行された。これによって学会に所属する会員はすべて日蓮正宗信徒としての資格を喪失したのである。

  第5項 創価学会「会則」「規則」の改変
  
  平成14年3月28日、総本山大石寺において宗旨建立750年慶祝記念開宣大法要が奉修されたその日、創価学会は総務会を開催して「創価学会会則」を改変した。その後、同年4月26日には改変された「宗教法人『創価学会』規則」が文部科学大臣によって認証され、施行されることとなった。

第2章 教義および目的に関する創価学会の従来の主張

 ここでは、従来の創価学会の教義および目的に関する歴代会長の指導ならびに学会の主な主張を列記する。
  これらの文証によって、現在の学会が重大な自語相違を犯し、大きく変節した集団であることを明らかに知ることができる。

 第1節 初代会長 牧口常三郎
 
   「教義」
  大善生活がいかにして吾々の如きものに百発百中の法則として実証されるに到ったか。それには、仏教の極意たる妙法の日蓮正宗大石寺にのみ正しく伝はる唯一の秘法があることを知らねばならぬ。(大善生活実証録・第4回総会報告 13頁)

   「目的」
  どこまでも御開山上人の正しく御伝へ下された、日蓮正宗大石寺の御法義に従ひ奉って「自行化他」の大善生活をなし、国家教育の革新に貢献したい。(大善生活実証録・第5回総会報告 5頁)

  第2節 第2代会長 戸田城聖

  「教義」
  日蓮大聖人様から六百余年、法灯連綿と正しく続いた宗教が、日蓮正宗である(中略)この仏法こそ、わたくしたちを、真に幸福に導いてくれる宗教であることを、わたくしたちは、日夜、身をもって体験しているのである。(講演集上 29頁)

  「目的」
  なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない(中略)今後も、できるだけ多くの会員を登山させるよう、計画を立てたいと思っている。(戸田城聖全集3―490頁)

  わたくしたちは、無智な人人をみちびく車屋である。迷っている人があれば、車にのせて、大御本尊様の御もとへ案内して行くのが、学会の唯一の使命である。宝の山にはいって、宝をとるかとらないかは、その人の信心の結果であって、ただ宝の山たる大御本尊様へ案内するのが、われわれ学会の尊い使命なのである。 (講演集上 31頁)

 第3節 第3代会長 池田大作
 
   「教義」
  日蓮正宗創価学会の根本中の根本は、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊であることはいうまでもない。しかもその大御本尊は、日蓮正宗に厳然とおわします。そして宗祖日蓮大聖人より第2祖日興上人、第3祖日目上人と代々の御法主上人猊下が法水瀉瓶・血脈相承され、現在は、第67世日顕上人猊下に、いっさい受け継がれているである。ゆえに私どもは、日顕上人猊下の御指南を拝しつつ、正宗の伝統と法義をふまえながら、勇んでそれぞれの国で、それぞれの地域で、信心向上のための教学を研鑽し、おおいに広宣流布に邁進していただきたい。(広布と人生を語る1―131頁)

  日蓮正宗における根本は、唯授一人の血脈である。その血脈相承の御法主上人に随順しゆくことこそ、僧俗の正しいあり方である。この一点を誤れば、すべてが狂ってくるのである。創価学会は、御歴代の御法主上人に随順してきたがゆえに、永遠に栄えていくことはまちがいないと確信する。(同 3―32頁)
 
   「目的」
  その根本道場が、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊まします多宝富士大日蓮華山大石寺であり、その御座主が御法主日顕上人猊下であられる。この日蓮正宗の信徒として、御法主日顕上人猊下の御説法を拝しつつ、永遠にわたる人類平和のために、正法を基調として、個人の幸福と世界の平和を結ぶ文化、平和の基盤を営々と築いていくところに創価学会の使命がある。(同 1―146頁)

 ただ、次の点だけは不動の路線であることを忘れてはならない。それは、1、三大秘法の大御本尊がいっさいの根本であると拝していくことだ。2、御法主上人の御もとに日蓮正宗の伝統法義を確実に体していくことだ。3、それを基調として、学会は、広宣流布の展開をしていくのである。(同 3―271頁)

 第4節 6・30『教学上の基本問題について』
 
  一、会長に関して「久遠の師」という言葉を使った場合があるが、これは師弟の縁が深いことを述べようとするあまり行き過ぎた表現であった。正宗では久遠の師とは大聖人のことであり、今後、こういう表現を用いない。(聖教新聞 昭和53年6月30日付)

  ただし「大導師」という言葉は、正宗では総別ともに大聖人と血脈付法の日興上人等であられる。故に、今後、例えば初代会長を大導師と呼ぶような表現は使わないようにしたい。(同)

  一、牧口初代会長と戸田前会長のあいだに師弟の血脈があったといった趣旨の表現は、あくまでも一次元として広宣流布達成への師弟の決意と約束と実践を通しての表現であった。(同)

 第5節 第4代会長 北条 浩
 
   「教義」
  日顕上人猊下に対し奉り、宗門にあって、唯授一人の血脈を否定するかのごとき言動があるやに聞いておりますが、私どもは既に誓い合っているごとく、いかなることがあっても御法主日顕上人猊下をお護りし、総本山厳護の我が学会の尊き使命を貫き通していこうではありませんか。(大白蓮華 昭和56年1月号 14頁)

  このような、一人一人の宿業転換、幸福への軌道が、かくも短時日に全世界的に敷かれたということは、じつに凄いことではないか。これ偏に、御本仏日蓮大聖人の広大無辺の大慈悲、大御本尊の絶対の法力によることはもちろんのこと、日蓮正宗歴代の御法主上人のご慈愛の賜であると心より報恩感謝申し上げるものである。(大白蓮華 昭和56年5月号 11頁)

  「目的」
  創価学会は、昭和27年、宗教法人として出発いたしました。御宗門からは、その設立にさいし、・折伏した人は信徒として各寺院に所属させること、・当山の教義を守ること、・仏法僧の三宝を守ること、の三原則を遵守するよう、お話があり、以来、創価学会は、この三原則をふまえて、御宗門の外護をつとめ、広宣流布への歩みを始めたのであります。(聖教新聞 昭和53年11月8日付)

 私どもの願う広宣流布とは、申すまでもなく、日蓮正宗の正法正義を世界の民衆に知らしめていくことであります。(大白蓮華 昭和54年6月号 46頁)

  私たち学会員一同は、御生前の日達上人より賜った数々の御指南をさらに胸中深く刻み、第67世御法主日顕上人のもと今こそ一致団結して理想の僧俗和合をはかり、日蓮大聖人の御遺命たる広宣流布を目指して精進することこそ、日達上人の大慈大悲への御報恩謝徳の道と確信し、広布実践の大道を勇躍前進してまいろうではありませんか。(大白蓮華 昭和54年9月号 12頁)

 第6節 第5代会長 秋谷栄之助
 
   「教義」
  我々末法の衆生が拝すべき御本尊について、日蓮大聖人は弘安2年10月12日、一閻浮提総与の本門戒壇の大御本尊を御建立遊ばされ、これを我等にお遺し下されたことは厳然たる事実であり、誰人も疑う余地のない所である。(大白蓮華 昭和31年2月号 21頁)

 その三大秘法の大御本尊は、日蓮大聖人から日興上人、日目上人と、日蓮正宗第66世日達上人の今日に至るまで、正しく清純に伝えられています。この富士大石寺門流以外には、大御本尊もなく、題目もなく、したがって大石寺以外の日蓮宗などというものが、存在するわけがないのであります。(創価学会に関する48問答 38頁)

  「目的」
  創価学会は、日蓮正宗のもっともよき信徒団体ですから、日蓮大聖人の大御本尊を信奉し、代々の法主上人に御奉公の誠をつくし、日蓮正宗の外護の任を果たしております。代々の学会会長は、日蓮正宗の法主上人に、総本山に、御奉公することを学会の根本精神としております。(同 48頁)


第3章 創価学会「会則」「規則」条文の変更

 第1節 本尊に関する語句の削除・すり替えについて
 
  現行の宗教法人法においては、宗教法人設立の要件として、「教義」「儀式行事」「信徒」「礼拝施設」の四つを規定しているが(法2条1号)、その四つを統括するものが本尊である。それは本尊なくしては教義は無論のこと、儀式行事や信徒の活動、礼拝施設の意義が成り立たないからである。
  今回の「会則」および「規則」の改変で、創価学会は本尊に冠せられる語句を削除し、あるいは新たな語句にすり替えているので、その意図を明らかにして破折を加えるものである。

  第1項 「日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊を根本」(旧会則第3条)「本門戒壇の大御本尊を本尊とし」(旧規則第3条)との条文を削除したことに対する破折

   1.「弘安2年10月12日」の削除について
  
  現在、日蓮大聖人御真筆の漫荼羅本尊は、130数幅を数えるが、日蓮大聖人の仏法の根本法体が「弘安2年10月12日」の本門戒壇の大御本尊に限られることは、宗祖以来の伝統法義に照らして明らかである。
  その文証として、
  第2祖日興上人御自筆の相伝書『日興跡条々事』
「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊」(新編1883頁)
  第26世日寛上人『観心本尊抄文段』
「弘安2年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり」 (御書文段197頁)
などの御文が挙げられる。
  それ故に、日蓮正宗においては『日蓮正宗宗制』第3条に、
「この法人は、宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安2年の戒壇の本尊を信仰の主体とし」
と定め、『日蓮正宗宗規』第2条には、
「本宗の伝統は(中略)弘安2年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し」
と明確に謳っているのである。
  かつて創価学会も、
「日蓮大聖人のご本懐は一閻浮提総与の弘安2年10月12日の御本尊にあること間違いなく(中略)これは世界唯一の本尊であり、日蓮正宗は最高にして唯一の宗教である」(折伏経典 218頁)
と言い、池田自身も、
「三大秘法総在の御本尊こそ、弘安2年10月12日ご図顕の本門戒壇の大御本尊である」(観心本尊抄の池田会長講義 25頁)
と指導していた。
  しかるに今回、学会は従来の「弘安2年10月12日」の文言を削除した。
  これは日蓮大聖人出世の本懐である本門戒壇の大御本尊を明確に指標する「弘安2年10月12日」の文言を隠蔽することによって、会員を誑かそうとする思惑以外のなにものでもない。

   2.「本門戒壇」の削除について
 
  「本門戒壇」とは、法華経本門の仏法、すなわち、末法出現の法華経の行者、日蓮大聖人が説き明かされた仏法の法体を安置し、一切衆生成仏の依処となるべき堂宇をいう。
  「戒壇」に関して、日蓮大聖人は『三大秘法抄』に、
「霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か」(新編1595頁)
と教示され、『一期弘法付嘱書』には、
「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(同 1675頁)
と明確にその場所を特定されている。これについて第26世日寛上人は、
「然るに三大秘法随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り」(六巻抄64頁)
「富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり」(同 68頁)
と教示され、「本門戒壇の大御本尊」まします富士山こそ、戒壇建立の聖地であると仰せられている。
  この富士山とは第2祖日興上人以来の歴史的経緯からみても、日蓮正宗総本山大石寺をおいて他にないことは明々白々である。
  創価学会は、この尊い日蓮大聖人および日寛上人の御教示に背き、会員に対して本門戒壇の大御本尊への渇仰恋慕の心を喪失せしめ、大石寺を覆い隠すために、「会則」「規則」から「本門戒壇」の文字を削除したのである。
 
   第2項 「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し」(新会則第2条・新規則第3条)とすり替えたことへの破折

 今回、創価学会は、「本門戒壇の大御本尊」との表現を「一閻浮提総与」「三大秘法」にすり替えた。その邪悪な意図を明らかにし、破折を加える。

   1.「一閻浮提総与」とのすり替えについて

 「一閻浮提総与」とは「全世界の人々に等しく与えられたもの」との意味であり、御本尊に冠した場合は「全世界のすべての人々が信受すべき御本尊」という意味である。
  しかるに創価学会は、この「一閻浮提総与」を、単に・すべての衆生すなわち創価学会員をはじめとする人々に与えられたもの・と解釈している。
  日蓮大聖人は、
「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめたまふ」(新編662頁)
と御教示され、この御文を日寛上人は、
「久遠元初の自受用身、大慈悲を起こして妙法五字の本尊に自受用身即一念三千の相貌を図顕し、末代幼稚の頸に懸けさしむ等となり」(御書文段285頁)
と解釈されている。日蓮大聖人は、一念三千を知らざる煩悩具縛の一切衆生の成仏と救済のために、大慈悲を起こし、本門戒壇の大御本尊を御図顕されたのである。
  この大御本尊は、『一期弘法付嘱書』に、
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す」(新編1675頁)
と仰せられるように、日蓮大聖人から日興上人ただお一人に付嘱され、以来、御当代日顕上人に至るまで、唯授一人の血脈相承によって、厳然と富士大石寺に伝えられているのである。
  また御当代日顕上人は「一閻浮提総与」の意義について、
「戒壇の御本尊様についても、大聖人様御所有の上からの名称でなければならない。それは、大聖人様が一切衆生総与という意味において、日興上人へ相伝あそばされているわけなのです。その場合は能化、すなわち、仏につく言葉であります(中略)能化の仏様のお心の上から『一閻浮提総与』と申し上げるべきであり」(創価学会の偽造本尊義を破す 136頁)
と仰せられ、本門戒壇の大御本尊に冠せられる「一閻浮提総与」とは、能化の御仏意に基づく言葉であり、その真義は法主への血脈相伝によって一切衆生に授与される御本尊なる旨の御指南をされている。
  これはまた「一閻浮提総与」の深義を、不相伝の輩が迷妄の我見をもって軽々に解釈すべきものではないとの御指南でもある。
  これらの御教示と御指南を拝するならば、学会が、いかに仏法の本義に背逆しているかが分かるであろう。
  今回の文言のすり替えは、血脈相伝による授与の意義を否定せんとする、学会の慢心と邪悪な意図のもとに行われたのである。
  なお付言するならば、「一閻浮提総与」は、日蓮大聖人の御書には勿論のこと、第2祖日興上人および日寛上人の御教示にも使用されていない言葉である。この言葉は、総本山第59世日亨上人が『大日蓮』に、
「近年荒木翁が戒壇本尊は未来の満天下の一切衆生に授与せられたものであるから総与の御本尊と云ふべきと主張した」(大日蓮 大正12年1月号 14頁)
と紹介されているように、近代の在家信徒が言い始めたものである。「御書根本」をさかんに振り回す学会が、何ゆえ『二箇相承』にある「本門戒壇」の文言を削り、あえて御書にない言葉を用いるのか。これも学会の大いなる矛盾であると指摘しておく。
 
    2.「三大秘法」とのすり替えについて

 「三大秘法」とは、日蓮大聖人の仏法の根幹をなす法義であり、その中心となる法体は、本門戒壇の大御本尊にましますことはいうまでもない。
  しかるに不相伝の日蓮宗各派においては「三大秘法」を口にしながら、宗祖大聖人の御意とは遠く離れたまったくの邪義珍説を吐いている。
  その一例を挙げると、『日蓮宗読本』には、
「本門の本尊は美術的要素、本門の題目は音楽的要求、本門の戒壇は造形的要素」(日蓮宗読本 150頁・要旨)
などと解説していることからも分かる。
  今回、学会が「本門戒壇」との明確に大御本尊を指し示す文言を、他門日蓮宗でも口にする「三大秘法」にすり替えたことは、本門戒壇の大御本尊を覆い隠し、その意義を薄めようとする意図によるのである。

 第2節 教義・信仰について

 今回、創価学会は宗教団体の生命線ともいうべき教義および信仰についても、基本的な部分の改変を行っている。
  以下、四点を挙げてその目論見を破折しておきたい。

  第1項 「日蓮正宗の教義に基づき」の削除について
  
  創価学会は従来の、
「この会は、日蓮正宗の教義に基づき、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊を根本とする」(旧会則第3条・傍線編者)
との条文を、
「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする」(新会則第2条・傍線編者)
と改変し、「日蓮正宗の教義に基づき」の文言を削除した。
  これは日蓮正宗の信徒団体として設立された学会が今後、独立した新興教団として異流義の道を進んでいくためには「日蓮正宗の教義に基づき」との規定が足枷となるからである。
  かつて池田大作は、
「私どもは日蓮大聖人の仏法を奉ずる信徒である。その大聖人の仏法は、第2祖日興上人、第3祖日目上人、第4世日道上人、および御歴代上人、そして現在は第67世御法主であられる日顕上人猊下まで、法灯連綿と血脈相承されている。ゆえに日顕上人猊下の御指南を仰ぐべきなのである。この一貫した仏法の正しき流れを、いささかなりともたがえてはならない」(広布と人生を語る 3―249頁)
と、御歴代上人の血脈相承と、その血脈に基づく日蓮正宗750年の伝統教義を奉ずることが、学会の根本理念であると指導していた。
  しかるに今回、日蓮正宗の教義・信仰から離れ、本門戒壇の大御本尊を流布する資格を失った学会が、「日蓮正宗の教義に基づく」の文言を削除したことによって、日蓮大聖人の「正しき流れ」から離反し、濁流に浮かぶ根無し草と化したことは明らかである。

  第2項 「日蓮大聖人の御書を根本として」(新会則第4条)の新加について

 ここで創価学会のいう「御書根本」とは、正当な血脈相伝によらず、我見によって都合よく御書を用い、解釈することである。
  第2祖日興上人は、
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して」(新編1884頁)
と、唯授一人血脈相伝の「極理」に基づいて御書を拝するよう誡められている。
  第65世日淳上人は、
「古来聖祖門下に於て御書を手にすることを知って、極理の師伝を知らずこれを忽がせにするもののみを見る、此れが為に我見に堕して救ふべからざるに至る誠に嘆ずべきである」(日淳上人全集 45頁)
と仰せられ、極理の師伝なくして、御書を学ぶことは我見に堕ち、無間地獄の業因であることを御指南されている。
  かつて池田大作も、
「日蓮大聖人の御書を拝するにあたっては、あくまでも御法主日顕上人猊下の御説法を中心として、よくよく拝していかなければならない」(広布と人生を語る 1―118頁)
と述べていた。
  学会が、新「会則」で「日蓮正宗の教義に基づき」を削除して、「日蓮大聖人の御書を根本として」と謳った意図は、宗祖大聖人以来の血脈相伝の法義を否定して、御書を悪用する池田の指導を根本とすることにほかならない。まさしく学会は、御本仏の教えを離れ、不相伝の魔族の集団と化したのである。
  なお付言するならば、今回学会が「根本」とすべき対象を、従来の「御本尊」から「御書」に変更したことも、宗教法人「創価学会」の存立基盤に関わる「根本」的な改変である。

  第3項 「会員は日蓮正宗の教義を遵守し、三宝を敬い」(旧会則第62条)の削除について

 この条文の削除は、創価学会の基本理念であった日蓮正宗教義の遵守と仏法僧への尊信恭敬を放棄したことを示している。
  ここで学会が意図するところは、日蓮正宗の三宝、特に僧宝たる御歴代上人を除外して、会員の御歴代上人への尊敬の念を喪失せしめるところにある。
  日蓮大聖人の仏法において、歴代法主上人を僧宝と立てることは自明の理である。
  それは、
「日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」 (聖典379頁)
「南無仏・南無法・南無僧とは(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首、開山・付法・南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師」(六巻抄225頁)
「日興上人已下代々も亦爾なり、内証に順ずる則んば仏宝なり、外用に順ずれば則ち僧宝なり」(日因上人御消息 金沢妙喜寺蔵)
等の御指南によっても明らかである。すなわち、歴代法主上人は、その御内証に宗祖大聖人以来の血脈を紹継され、三宝一体の御境界にまします僧宝なのである。
  かつて池田自身も、
「あくまでも師匠は日蓮大聖人様即御本尊様です。それから『遣使還告』あそばされる代々の御法主上人猊下です。われわれはぜんぶその弟子です」(池田大作 巻頭言・講義集 3―113頁)
「『僧宝』とは、今日においては日興上人よりの唯授一人の法脈を受けられた御法主上人猊下であられる」 (聖教新聞 昭和53年2月26日付)
と述べていた。
  今回、学会が「三宝を敬う」ことを削除した真意は、日蓮正宗の三宝を会員の意識から抹殺し、かわって池田大作の絶対化・神格化を目指すところにあるというべきである。それについては本書64頁で述べる。

  第4項 「創価学会は、日蓮大聖人の仏法を広宣流布することを使命とする仏意仏勅の教団」(新会則前文)の新加について
  
  この条文には、創価学会が大聖人の御意のままに妙法を全世界に弘めてきた、という思い上がった底意がある。
  日寛上人は『文底秘沈抄』に、
「富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり」(六巻抄68頁)
と仰せられている。この御教示は、全世界の人々が総本山大石寺にまします本門戒壇の大御本尊を信受することこそ広宣流布であるとの御意である。
  第66世日達上人は、
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは広宣流布とは言えないのであります」(大日蓮 昭和49年8月号 20頁)
と、学会の逸脱を厳しく誡められた。
  まさしく日蓮大聖人の仏法を広宣流布する使命は、正統血脈に連なる日蓮正宗僧俗にのみ存するのであり、流布すべき御本尊を持たない学会が「日蓮大聖人の仏法を広宣流布する」ことなどあり得ないのである。
  したがって、宗祖以来の血脈法水の正法から脱落退転した輩が「仏意仏勅の教団」であろうはずがない。

 第3節 3代会長および会長について
 
   第1項 「『3代会長』は、広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、この会の永遠の指導者である」(新会則第3条)について
  
  この「死身弘法の体現者」が「法華経の行者」と同義に使われていることは容易に想像できる。
  日蓮大聖人の御教示を拝するに、末法における「法華経の行者」とは久遠元初の御本仏日蓮大聖人であらせられる。
  しかるに今回、新会則で3代会長を「死身弘法の体現者」「永遠の指導者」と位置づけた学会の意図が、牧口・戸田2代会長を建前として、その実、池田大作を本仏にまつり上げるところにあることは明らかである。
  この「会則」の条文を二点に絞って、その矛盾と迷妄を破折する。

   1.初代・2代会長の指導に反逆する池田大作
   
  牧口初代会長は、
「どこまでも御開山上人の正しく御伝へ下された、日蓮正宗大石寺の御法義に従ひ奉って『自行化他』の大善生活をなし、国家教育の革新に貢献したい」(大善生活実証録・第5回総会報告 5頁)
と日蓮正宗大石寺の法義に従うよう指導し、戸田第2代会長は、
「わたくしたちは、無智な人人をみちびく車屋である。迷っている人があれば、車にのせて、大御本尊様の御もとへ案内して行くのが、学会の唯一の使命である」(講演集上 31頁)
と学会の使命を明確に述べている。
  これに対して池田大作は、
「日顕宗の言う『血脈』などは本当にナンセンスな話です。本来、宗教には、『仏と自分』との関係の信仰が重要であって、権威主義の『血脈』などは、信仰的には何の意味もない」(聖教新聞 平成5年5月5日付)
「・総本山に参詣しなければ功徳がない・という宗門の主張は、道理からいってもまったく意味をなさない」(聖教新聞 平成4年2月29日付)
などと、宗門誹謗の言辞をもって、血脈・法義への尊信と総本山参詣の大事を説いた牧口・戸田両会長に反逆する指導を行っている。
  なお一言すれば、池田が言うごとき、「総本山に参詣しなければ功徳がない」などとは「宗門の主張」ではない。まったくの捏造である。
  ここに明らかなように、池田の言い分と牧口・戸田両会長の指導はまったく異なったものであり、「3代会長」には一貫性がないのである。
  「3代会長を永遠の指導者」とするのであれば、会員は3代会長の内、どの会長の指導を「永遠」に守っていくというのであろうか。仮に3人の会長の指導をすべて忠実に実行するとしたならば、まさしく「頭破作七分」の狂態を犯すことになるではないか。
  にもかかわらず、会長の秋谷は、
「世界広布を開いたのは(中略)『3代会長』に貫かれる師弟不二の精神、広宣流布実現への死身弘法の実践にほかならない」(聖教新聞 平成14年3月30日付)
などと臆面もなく実態とかけ離れた指導をしている。
  まさしく学会は欺瞞の教団なのである。

   2.「死身弘法の体現者」「永遠の指導者」との規定は池田本仏の具現化
   
  3代会長を「死身弘法の体現者」「永遠の指導者」とする条文は、牧口・戸田両会長が既に逝去している現在、実質的には池田一人を指すものであろう。
  今、創価学会は池田大作が世界平和に寄与し、悪と戦う偉大な人物であると世間にアピールしているが、池田の実体は、名誉欲と権力欲に執着し、およそ宗教者とはほど遠い俗物である。
  その最も端的な姿が、正法正義に対する怨嫉と慢心による仏法破壊の悪行なのである。
  このような低俗な池田が「死身弘法の体現者」「永遠の指導者」とは噴飯ものである。
  日蓮大聖人の仏法における「死身弘法の体現者」とは、熱原三烈士のように、清純な信仰に命を捧げた人をいうのである。
  また「広宣流布実現への死身弘法の体現者」というが、宗門を誹謗し、僧俗和合を攪乱した池田は、広宣流布への潮流を停滞せしめた張本人である。
  学会では、池田が世界各地からかき集めた勲章や名誉称号などを盛んに誇示し、あたかもそれによって広宣流布が進捗しているかのように吹聴しているが、
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編577頁)
との御聖訓に照らしてみれば、正法不信の者から勲章や称号をもらって喜びはしゃぐ池田に、日蓮大聖人を信奉する資格はない。
  そして、そのような虚飾に取り憑かれた池田を「死身弘法の体現者」「永遠の指導者」とまつり上げる学会は、まさに悩乱顛倒の集団というべきである。

  第2項 「(会長は)教義および化儀を裁定する」(新会則第10条)の新加について

今回、創価学会は「会則」に、
「会長は、次に定める会務を行なう。
(1)教義および化儀を裁定する。この場合、師範会議に諮問の上、最高指導会議の意見を聞き、これを尊重するものとする」
と定め、会長が教義と化儀を裁定できることになった。
  しかし、日蓮大聖人の仏法において、教義および化儀の裁定は宗祖以来の血脈を継承される御法主上人の権能に限られることはいうまでもない。
  『百六箇抄』には、
「上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり」(新編1702頁)
と、唯授一人の血脈を継承される「嫡々付法の上人」に信伏随従することを御教示されている。
  また第2祖日興上人は、『日興遺誡置文』に、
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝し」(同 1884頁)
「衆議たりと雖も、仏法に相違有らば貫首之を摧くべき事」(同 1885頁)
と定め、相伝によって極理を師伝すべきこと、大衆は血脈を継承される御法主上人の裁定に随順すべきことを明示されている。
  そして、第65世日淳上人が、
「由来日蓮大聖人の門流に於ては聖祖は二祖日興上人の血脈相承し玉ひて大導師たるべしと御遺命あり、三祖日目上人その跡を承継し玉ひて相承の次第炳乎として明かに今日に至ってをる。よつて此の相承を大宗として各々師弟の関係をしうすれば自ら正統の信行に住することができるのである。然るに中間に於て我慢の徒輩は此れを省みず人情に固執して逸脱をしその結果己義を構へ邪義に堕したのである」(弁惑観心抄 序文)
と明快に御指南されているように、本宗の血脈相承に基づいて師弟相対するところに日蓮大聖人の正しい信行が確立するのである。
  これに対して、不相伝にして唯授一人の血脈を土足で踏みにじる学会の会長には、仏法の根幹をなす教義や化儀を裁定する資格はないのである。所詮学会の教義や化儀といっても、日蓮正宗の模倣にすぎないではないか。
 
第3項 「師範会議に諮問の上、最高指導会議の意見を聞き、これを尊重する」(新会則第10条)との条文について

  この条文は、会長が教義および化儀の裁定権限を有することについての補完規定であり、教義および化儀に関する裁定の権限は会長の独断ではなく、合議によって決定するという主旨である。これを見ると、いかにも独裁体制を排除して、民主的な運営体制をとっているように思われるが、その条文は矛盾に満ちたものであり、池田独裁集団の実体をカムフラージュするための規定にすぎない。
  なぜならば、諮問機関である師範会議の構成員は、会長によって任命されると定められているのであるから、会長の裁定に異を唱える師範会議員は、即刻解任されるであろう。
  また最高指導会議に至っては、指導会議員の選任が最高指導会議委員の議決によって選任されると定められているにも拘わらず、選任の基になる初めの最高指導会議員はいつ、誰によって選任されるか、という規定がまったくないのである。
  重要な教義・化儀に関する諮問機関の構成員の任免規定がはっきりしない会則とは、いったいどういうことなのか。まさしく有名無実のザル法ならぬ「ザル『会則』」というべきである。
  この一事を見ても、創価学会が「規則」の条項に如何ほど仰々しく諮問機関や議決機関などを並べてみても、所詮「永遠の指導者」である池田大作一人の意思で、すべてが運ばれる独裁教団であることは明白である。

  第4項 「(会長は)御本尊に関する事項を司る」(新会則第10条)の新加について
  
  今回、創価学会会長は、本尊に関する事項を司る権限を持つことになった。これは今後、学会が本尊に関してどのような行為をなしても会長の許可があればよしとするための規定である。
  またこの規定は、学会が将来新たな本尊を立てるに際して、会員に異を唱えさせないための予防線でもある。
  しかし、本尊とは信仰の根幹をなすものであり、とりわけ日蓮大聖人の仏法において、本尊は久遠元初の自受用報身如来の御当体であり、甚深の意義ましますが故に御本尊に関する一切の権能は唯授一人法体相承を所持される御法主上人に限られるのである。
  『本因妙抄』には、
「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり」(新編1684頁)
と説かれ、第56世日応上人は『弁惑観心抄』に、
「此金口嫡々相承を受けざれば決して本尊の書写をなすこと能はず」(弁惑観心抄 212頁)
と仰せられ、また第59世日亨上人は、
「曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り(中略)本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り」(富士宗学要集1―112頁)
と仰せのように、御本尊の御書写および授与は血脈相承の歴代法主上人のみの権能である。
  かつて池田大作は、
「わが日蓮正宗の、根本中の根本は、ご存じのとおり、本門戒壇の大御本尊であられる。その大御本尊と日蓮大聖人以来の血脈を代々受け継がれる御法主上人がおいでになり、七百年にわたる伝統法義が厳然とある。この正宗の根本軌道に則った信心こそが、正しき信心であり、無量の功徳があるわけである。みずからの信心の濁りや驕慢から、その根本軌道を失ってはならない」(広布と人生を語る 6―41頁)
と指導していた。
  しかるに唯授一人の血脈相伝もなく、信心の血脈もない池田大作や、それに追従する会長などに「御本尊に関する事項を司る」権限などあるはずがない。
  「身の程知らず」とはまさしく創価学会のことである。

第4章 創価学会首脳の弁解に対する破折

 創価学会は平成14年3月28日、全国総県長会議を開催し、その席上、秋谷会長ならびに斉藤教学部長が「会則」「規則」の改変についての説明をした。
  以下両名の発言の中から、主な点を取り上げて破折を加えておく。

 第1節 秋谷会長の詭弁を破す
 
  今回の会則改変の理由について、会長の秋谷は、
「末法万年にわたる広宣流布の将来を見据え、万代に揺るがぬ創価学会の基盤を確立するため(中略)従来の『会則』は、昭和54年4月に制定され、その当時は、まだ宗門との関係が続いている中でありました(中略)会則の中にそのしがらみが残っていました。今回、これを抜本的に改正することにしたわけであります」(聖教新聞 平成14年3月30日付・傍線編者)
と述べている。
  この発言のなかの「しがらみ」の意味は、国語辞典によれば「物事をせき止めるもの、引き止めるもの、まとわりついて身を束縛するもの」(小学館版)であり、秋谷の話の前後から推測すると、彼のいう「しがらみ」は日蓮正宗の教義や化儀を指し、これらが創価学会の活動を束縛し、妨害していたということになる。
  これこそ仏祖三宝尊への不知恩の極みというべきである。
  また学会は活動の規範となる会則を「抜本的に改正」したというが、実態は血脈相伝に基づく日蓮正宗の教義ならびに化儀をつまみ食いをしているのである。それは総本山第26世日寛上人が書写された御本尊を複製販売していることを見ても明らかである。
  したがって学会は、日蓮正宗の「しがらみ」から完全に脱却したわけでもなく、会則を「抜本的に改正」しているわけでもないのである。
  まさしく秋谷の発言は会員を誑惑するための詭弁である。
  ともあれ創価学会は、いわゆる「しがらみ」から解放されて、思うがままに自由放逸の活動が許されることになったのであるから、この期に及んで「宗門によって切られた」とか「宗門から破門された」などと見苦しい泣きごとを言わぬよう申し添えておく。

 第2節 斉藤教学部長の妄言を破す
 
  創価学会の斉藤教学部長は、
「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする」(新会則第2条)
との教義の条項について説明しているが、以下、斉藤の言い分から四点を取り上げて、その妄言を破折する。

第1項 言葉のみの「弘安2年10月12日御本尊御図顕」

「大聖人は、熱原の法難における民衆の信心に呼応して、弘安2年10月12日に、出世の本懐として大御本尊を顕された」(以下網掛けは齊藤発言の要旨)

  この言葉だけを見ると、いかにも学会が従来どおり弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊を信受しているかのようである。
  しかし、斉藤の弁解のなかには、弘安2年10月12日の大御本尊を直ちに信受礼拝せよとの文言は一切見あたらない。換言すれば学会は口先のみ「弘安2年10月12日」と言って、会員の手前をつくろっているが、実際には総本山大石寺にまします「弘安2年10月12日」「本門戒壇」の大御本尊への信仰を放棄しているのである。
  また斉藤の「大聖人は民衆の信心に呼応して」大御本尊を顕わされた、との言い分は、あたかも日蓮大聖人と民衆が同等の立場にあったかのごとくであり、さらに一重立ち入って見れば、「民衆の信心」が「主」で、それに呼応した大聖人が「従」であるとする考え方がほの見える。
  日蓮正宗本来の法義をもって大御本尊御図顕の深義を拝するならば、御本仏日蓮大聖人の甚深にして随自意の御境界から熱原三烈士の不惜身命の信心をご覧遊ばされ、深き御感あって大御本尊御図顕という大慈悲の御振る舞いとなったのである。
  すなわち、学会は似て非なる言葉をもって大御本尊御図顕の縁由を云々しているが、その本音は御本仏への畏敬の念などはまったくなく、日蓮大聖人を民衆と同等の立場に置いて蔑み、その御真意を恐れ多くも我見悩乱の頭で拙劣な忖度をしているにすぎない。
 
   第2項 「大聖人の心に呼応して」との愚論

「大聖人の心に呼応して同じく広宣流布の大願を起こし、民衆救済の実践に邁進していく強い信心こそ『学会の信心』である」

  創価学会が、「日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ」というならば、御本仏日蓮大聖人を信奉する者の証として、日蓮大聖人出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊を信受することを明言すべきである。にもかかわらず学会は、総本山大石寺にまします大御本尊を信受する旨の説明を一切せず、ひたすら「大聖人の心に呼応して」「民衆救済の実践に邁進」することが「学会の信心」と称している。
  また「大聖人の心」というならば、その「心」の極まるところは出世の本懐たる弘安2年10月12日の本門戒壇の大御本尊以外にないのであり、このような愚論は無知な会員にしか通用しない。
  さらに「呼応」という思い上がりの表現は、先に述べたとおり、大聖人を自分たちと同等に置く御本仏蔑視の顕われであり、このように大聖人を口先のみで用いながらその御真意を軽視する学会は、
「日蓮を用ひぬるともあしくうやまはゞ国亡ぶべし」 (新編1066頁)
との御制誡にあたる大謗法の徒輩であり、増上慢の極みである。
  流布すべき本尊もない学会が「大聖人の心」に叶うはずもなく、「民衆救済の実践」などもできるわけがないのである。
  もし「日蓮大聖人の心」に叶う道を求めるならば、醜悪な池田大作の呪縛を捨て、日蓮大聖人の御精神と教えの一切を受け継がれる御法主上人に信伏随従し、本門戒壇の大御本尊を受持し奉らなければならない。

  第3項 「分身散体」の悪用

「分身散体の意義に照らして、弘安2年の大御本尊を書写した御本尊を正しい信心で受持することは、そのまま大御本尊の受持になります(中略)したがって、各家庭安置の本尊を拝することが、そのまま大御本尊を信受することになります」

  ここで斉藤は、本門戒壇の大御本尊を覆い隠し、各家庭安置の本尊でこと足れりとする邪義を説明するために「分身散体の意義」を引き合いに出している。
  そもそも仏教では、仏がその姿を十方仏土に影現することを「分身散影」と説くが、これはあくまでも広大無辺なる仏の御境界より、他土にあって仏を渇仰恋慕する衆生に応ずる大慈悲の御化導である。
  「分身散影」と同義に用いられる「分身散体」も仏の御化導であることはいうまでもないが、だからといって、他土にあって分身の仏を礼拝する衆生が「本身の仏より分身の仏がありがたい」とか、「分身の仏をあがめれば本身の仏を礼拝する必要はない」などというならば、仏の御真意に背く行為であることは明らかであろう。
  中心の法体である大石寺御安置の本門戒壇の大御本尊に参詣することを拒否しながら、「分身散体の意義に照らして」各家庭の本尊を拝すればそれで良しとする斉藤ら学会の主張は、あたかも天月から目を背けて、ひたすら池月に執着する類であり、本末転倒・不知恩の愚論というほかはない。
  まして本門戒壇の大御本尊と無縁の『ニセ本尊』を拝んでいる学会員に「分身散影」の利益などあるわけがないのである。

  第4項 「特定の場所」の迷論と御書の曲解

「どこか特定の場所に参拝しなければ成仏できないという日顕宗のような誤った考えは大聖人の御本意ではありません。御書に、『法華経を持ち奉る処を当詣道場と云ふなり。此を去って彼へ行くには非ざるなり』『我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ、常寂光土の都たるべし』と仰せのとおりです」

  初めに、斉藤がいう「日顕宗」なる宗派は、日本はおろか世界中を探してもまったく存在しない架空のものであると言っておく。
  また本宗において誰一人として「特定の場所に参拝しなければ成仏できない」などと言った者はいない。
  このようなデタラメな作り話を創価学会の教学部長たる者が、公衆の面前で得々と発言する一事を見ても、学会がいかに欺瞞に満ちた捏造集団であるかがわかるというものである。
  ここで斉藤は、総本山大石寺への参詣をする必要もなく、大御本尊へのお目通りをする必要もない旨の迷妄の論を披歴するために二つの御書を引用しているので、この点について破折を加えておく。

   1.『御義口伝』の曲解

 まず、
「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云ふなり。此を去って彼へ行くには非ざるなり」 (新編1794頁)
との御文であるが、これは『御義口伝』の普賢品の経文を釈された御教示である。
  この御文について、次下の、
「道場とは十界の衆生の住処を云ふなり。今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり。此を道場と云ふなり」(同)
との御文に照らして拝するならば、・当詣道場とは、法華経を受持する衆生の住処がそのまま寂光土であり、当詣といっても此土を去って他土に赴くことではない・との意味である。
  末法における当詣道場とは、法華経本門文底下種の妙法、すなわち総本山大石寺にまします本門戒壇の大御本尊を受持する者の住処であり、その所こそ常寂光土である。
  創価学会員のごとく本門戒壇の大御本尊への参詣を拒絶する者には、「当詣道場」「常寂光土」はあり得ないのである。
  結局、斉藤が大石寺参詣を妨害するために引用した『御義口伝』の御文は、末法の御本仏宗祖大聖人の御当体たる戒壇の大御本尊への受持信行を勧奨する御教示であり、斉藤は『御義口伝』の尊い御教示を故意に曲解し、卑劣な切り文をもって虚言を吐いているのである。

   2.『最蓮房御返事』の曲解

 次の
「我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ、常寂光の都たるべし」(同 588頁)
の御文は、・我々が法華経を修行するところはいずれの所も常寂光土である・と教示された『最蓮房御返事』の一節である。
  この御文をもって斉藤は「特定の場所」である総本山大石寺に参詣しなくても学会員には功徳があるというのである。
  しかし、この御文の前段には、
「我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう」(同)
とあり、前後を併せて拝するに・法華経を色読した法華経の行者が修行する所は、たとえ佐渡の地であっても常寂光土なり・との御教示であることは明らかである。
  ここに「我等」と仰せられているのは、最蓮房への慰撫与同の御配慮であり、「一乗を修行」される法華経の行者とは勧持品に予証された日蓮大聖人をおいてほかになく、法華経の故に「流人」の身となられたのは日蓮大聖人であり、流罪の身で「身心共にうれしく候」とは日蓮大聖人の自受法楽の御境界である。
  したがって、この『最蓮房御返事』の御文は法華経の行者日蓮大聖人の居住される処すべてが常寂光土であるとの御教示である。
  ところが、学会ではこの「一乗を修行」する「我等」が創価学会員なのだという。
  いかに不信・浅識の族とはいえ、厚顔無恥にも程がある。
  末法の衆生の住処が直ちに常寂光土となる道は、「一乗の修行」すなわち末法の御本仏日蓮大聖人を信じ、本因下種の妙法を受持することである。この御本仏日蓮大聖人の教義とその法体たる本門戒壇の大御本尊は富士大石寺に厳然と伝えられ、その大御本尊への信仰なくして、末法における「成仏の理」を顕現することは叶わないのである。
  したがって『最蓮房御返事』の御文をもって、総本山大石寺を「特定の場所」と蔑み、大御本尊への参詣を否定する創価学会斉藤教学部長の信心と頭脳は完全に破綻しているというほかはない。

結 語 新興宗教「創価学会」の旗揚げ

 各章目において破折したとおり、創価学会の「会則」「規則」の変更は、狡猾に言辞を弄して体裁を装いながら、宗教団体の基盤である教義および本尊の改変を企てたものである。
  結びにあたって、今回の「会則」「規則」の改変にともなう創価学会の体質と実態を十箇条にまとめて列挙する。

・日蓮正宗から離れ、日蓮大聖人の教義や化儀に規制されることなく、その時の都合によって主義主張を改変する創価学会は「無原則迷走集団」である。

・宗教として最も重要な教義・化儀・本尊の裁定を、不相伝にして仏法上の資格を有しない会長が自由に行う創価学会は「不相伝・無資格者主導集団」である。

・日蓮正宗を誹謗し自ら外道に堕ちながら、日蓮正宗の本尊・教義・信仰を盗用する創価学会は「仏法窃取集団」である。

・規則上は民主的体裁をとりながら、実態は池田大作の意のままにすべてが操られる創価学会は「民主風・独裁集団」である。

・矛盾と欺瞞に満ちた「会則」「規則」を謳う創価学会は「空文会則集団」である。

・池田大作に都合のよい新「会則」を基として、それをもてはやす取り巻き幹部らによって運営される創価学会は「便宜的ゴマすり集団」である。

・「広宣流布実現への死身弘法の体現者」たる池田大作の虚像に取り憑かれた会員を、世間誑惑のための布教に駆りたてる創価学会は「世間誑惑集団」である。

・創価学会や池田大作を批判する者に対して、怨念をもって攻撃することこそ正義である、と会員に指導する創価学会は「怨念指導集団」である。

・池田大作の野心のために政治権力と資金力を駆使して国政を惑乱し、謗法の悪臭を社会にまき散らす創価学会は「惑乱亡国集団」である。

・日蓮正宗の信徒集団として出発しながら三原則を破り、唯授一人の血脈相承を否定する謗法の池田大作を「永遠の指導者」と信奉する創価学会は、名実ともに「新興邪教集団」の旗揚げをしたのである。

以 上

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